実験1. ほめ方によるゴール選好への影響
この実験は、ほめ方が子供たちのゴール選好に影響するかを調べるためのものです。
具体的には、子供たちが何らかの物事を成功した後に、能力をほめるとパフォーマンス・ゴールになって達成状況(困難や失敗)において非適応的な救いのない行動を取るようになり、努力をほめるとラーニング・ゴールになって適応的な習熟指向の行動を取るようになるという仮説を検証するものです。
なお、「ゴール」については、『ラーニングゴールとパフォーマンスゴールが振る舞いのパターンを作るメカニズム』をご確認ください。そして、「非適応的な救いのない行動」や「適応的な習熟指向性の行動」が何かについては『適応行動と非適応行動に見られる認知、情動、振る舞いの具体的な違い』で解説しています。
それでは見ていきましょう。
1.1. 実験1の手順
この実験は、小学校5年生の128人(女子70人、男子58人)の5年生の子供たちを対象に行われました。49%が中西部の小さな町の公立小学校の子供たちで、51%は北西部の大きな都市の公立小学校の子供たちです。人種は、50%が白人、19%がアフリカ系アメリカ人、31%がヒスパニックです。
これらの子供たちを対象に、1セット10個のレーブン漸進的マトリックスという知能テストが3セット行われました。これは、一般的な知力検査として広く使われているものです。テストを受ける時、子供たちは、一人ずつ、実験者によって自分たちの教室から無人の教室に連れられ、そこで知力検査を与えられます。
制限時間の4分が過ぎると、実験者は、すぐにテストを採点します。そして、実際の点数はどうであれ、「8割以上で正解しています」と伝えます。この時、褒め方によって3つのグループに分けます。
- 能力グループ(41人):「とても頭がいいね」と能力をほめる。
- 努力グループ(41人):「一生懸命頑張ったね」と努力をほめる。
- 比較グループ(46人):8割以上正解していることのみ伝える。
このように、実験者から異なったほめられ方をされた後で、アンケート調査が行われます。目的は、子供たちがパフォーマンス・ゴールかラーニング・ゴールのどちらかを調べるためです。
このアンケート調査では4つの選択肢が与えられます。
- 「問題はそれほど難しくないから、そんなに間違えていない」
- 「問題はとても簡単だったから、よくできた」
- 「得意な問題だったし、自分の頭の良さを見せることができた」
- 「僕は頭が良くないとしても、問題から多くのことを学べる」
最初の3つは、成績指向(パフォーマンス・ゴール)です。4つ目だけが、学習指向(ラーニング・ゴール)です。パフォーマンス・ゴールの選択肢を3つ用意したのは、子供たちが4つの選択肢のうち、自分に該当するものではなく、大人たちに対してもっともウケが良さそうなものを選んでしまう可能性を相殺するためです。
この後、また制限時間4分で、2セット目のテストが与えられます。今度は5年生では正解することが難しい難易度のものです。4分の後、すぐに採点され、今回は「回答した問題の5割も正解しておらず、成績が悪かった」と告げられます。
2セット目の後、また子供たちに、点数付けの調査が行われました。以下の3つを、1点(全く)から6点(非常に)の中から選ぶというものです。
- 問題に取り組む粘り強さ
- 問題に取り組む楽しさ
- 出来に対する自己評価
問題に取り組む粘り強さは、「この問題を自宅に持ち帰って取り組みたいとどれぐらい思う?」という質問で、問題に取り組む楽しさは「この問題をどれぐらい楽しいと感じた?」「問題はどれぐらい面白かった?」という質問で、最後に成績の自己評価は「全体としてどれぐらいよくできた?」という4つの質問で測られました。
以上の質問に答えた後、子供たちは、2セット目で良い成績を取ることができなかった理由をどう考えているのか、が観察されました。ここでは「ディスク装置」という方法が使われました。「ディスク」とは、丸い紙が積み重ねられたもので、これが4つ用意されました。それぞれのディスクは色分けされており、それぞれに成績が悪かった理由を表す異なる文章が書かれています。
- 努力不足(「十分に頑張らなかった」)
- 能力不足(「この問題を解くのに十分じゃないから」と「十分に賢くないから」)
- 時間不足(「時間が足りなかった」)
能力不足のせいにするものが2つあるのは、その回答を選びたくないという心理的抵抗を軽減するためです。子供たちは、「なんで難しかったの?」「なんでいくつか間違えたの?」などと聞かれ、その回答として、それぞれの紙を選んでいきます。最終的に、それぞれの色のディスクごとに、残った紙の量によって、成績が悪かった理由を、どう把握しているのかという傾向を36パターンに分類し、点数づけをします。
この後、子供たちは3セット目のテストを受けます。今度は、1セット目のテストと同等のものです。
1.2. 実験1の結果
結果① ほめ方によるゴール選好への影響
1セット目で成績が良かったことを告げられた後に行われた、最初のアンケート調査では、子供たちのゴール選好はほめ方に強く影響されることが分かりました。以下が、それです。
能力グループの67%が、テストの成績が良かった理由を、能力のためであると考えました。一方、努力グループでは、それは8%だけでした。つまり、努力グループの92%が、テストの成績が良かった理由は、それまでの努力のためであると考えたのです。比較グループでは、それらの中間でした。
なお、第一セットにおける子供たちの実際の成績の平均は5.2点/10点満点でした。回答できた問題の数は平均7.9個です。3グループの子供たちの間で、成績に統計的に有意な差は見られていません。
このことから、能力をほめると子供たちはパフォーマンス・ゴールになり、努力をほめるとラーニング・ゴールになることがわかります。
さて、次から達成状況(困難や失敗に直面している状況)における、パフォーマンス・ゴールとラーニング・ゴールの認知、情動(モチベーション)、能率の違いを見ていきましょう。
結果② 達成状況における認知の違い
失敗の後、成績が悪かった理由をどう認知(解釈)するかという調査は、結果①を補強する結果となりました。以下のTable1aをご覧ください。
悪い成績を取った時、つまり失敗を経験した時、努力グループの子供たち(平均11.96点)は、能力グループの子供たち(平均4.94点)より、努力が足りないせいだと考える傾向が顕著です。比較グループの子供たち(平均10.58点)と、努力グループの子供たちの間では、統計的に有意な違いは見られません。
加えて、能力グループの子供たち(平均16.49点)は、努力グループの子供たち(平均9.78点)と比べて、成績が悪い原因を持って生まれた能力が低いせいだと考える傾向が顕著です。これも、比較グループの子供たち(平均13.88点)と、能力グループの子供たちの間では、統計的に有意な違いは見られませんでした。
この結果は、ほめ方が、失敗や困難などの状況に直面した時の子供たちの認知に、異なる影響を与えることを示しています。能力をほめられたパフォーマンス・ゴールの子供たちは、成績は持って生まれた能力を反映しており、そのために、成績が悪いのは、自分の能力が足りないからだと考えるようになる傾向があります。その考えが、現実逃避的な情動(「努力しても無駄だ」「努力するとさらに無能だと思われてしまう)」を生みます。
一方で、努力をほめられたラーニング・ゴールの子供たちは、失敗は、持って生まれた能力ではなく、努力が足りないことを示すものだと考えるようになる傾向があります。その考えが、習熟指向の情動(「どうやったらうまくできるようになるか」)を生みます。
結果③ 達成状況におけるモチベーションの違い
次に、難易度の高い2セット目のテストの後に行われた「問題に取り組む粘り強さ」、「問題に取り組む楽しさ」、「出来に対する自己評価」の点数付けの調査結果を見てみましょう。
ほめられ方が異なると、失敗を経験した時の反応に顕著な違いがあることが分かりました。以下のTable2aが、その結果です。なお、出来に対する自己評価には顕著な差は見られませんでしたので割愛しています。
まず、失敗後の問題に取り組む粘り強さから見てみましょう。6点満点中、能力グループの子供たち(平均3.25点)は、努力グループの子供たち(平均4.53点)と比べて、問題に取り組む粘り強さが顕著に低くなりました。比較グループでは平均4.30点です。統計学のt検定では、能力グループと努力グループの違いは有意ですが、努力グループと比較対象グループの違いは有意ではありませんでした。
次に、失敗後でも問題を楽しむ力を見てみましょう。6点満点中、能力グループの子供たち(平均4.11点)は、努力グループの子供たち(平均4.89点)と比べて、顕著に低くなりました。比較対象グループは平均4.52点です。統計学のt検定では、能力グループと努力グループの違いと、努力グループと比較グループの違いのどちらも有意でした。
このことから、能力をほめられるパフォーマンス・ゴールの子は、努力をほめられるラーニング・ゴールの子や、比較グループの子よりも失敗に弱く、さらに失敗を経験した後、課題に取り組む粘り強さも、課題を楽しもうとする力も低下することが分かります。
この結果は、達成状況において、両者は情動(モチベーション)が顕著に異なるということを示しています。
結果④ 達成状況における能率の違い
それぞれのグループの子供たちの、1セット目と3セット目のテストの成績の推移が以下です。
1セット目と3セット目のテストは難易度が同じなのにも関わらず、能力グループの子供たちは、2セット目で悪い成績を取ったと告げられた後、実際の成績が0.92点(標準偏差1.53)低下していました。対照的に、努力グループの子供たちは、1.21点上昇(標準偏差1.63)していました。比較グループの子供たちは、0.13点(標準偏差1.57)とわずかに上昇していました。
この結果は、とても目を引きます。なぜなら、能力グループの子供たちは、似たような問題を1セット目で既に行っており、それによって、問題を解くスキルは強化されこそすれ、悪化はしていないはずだからです。もちろん、それぞれのグループ間では1セット目の点数も、2セット目のテストの点数も有意な差は認められていない中での結果です。
つまり、パフォーマンス・ゴールの子供たちは、ラーニング・ゴールの子供たちと比べて、達成状況において、能率が大きく低下する、ということです。
1.3. 実験1のまとめ
実験1の発見をまとめると、成功した時に能力をほめられた子供たちは、パフォーマンス・ゴールになります。パフォーマンス・ゴールの子供たちが失敗や困難に直面すると、失敗の原因を能力によるものだと解釈するようになり、努力することは、自分の無能さをことさら強調するに過ぎないと考えます。
その考えが、タスクに取り組む粘り強さや努力を楽しむといったモチベーションの喪失に繋がります。結果、自らの能率が低下します。つまり、能力をほめると、人は達成状況において、現実逃避的で救いのない非適応的な振る舞いや行動のパターンを見せるようになるのです。
対照的に、努力をほめられた子供たちはラーニング・ゴールになります。ラーニング・ゴールの子供たちは、失敗や困難に直面しても、それは能力が足りないせいだとは考えずに、努力が足りないからだと考えます。
そして、「自分次第」という自責性が見られるようになります。具体的には、タスクに取り組む粘り強さや努力を楽しむといったポジティブな情動が増大し、その姿勢が、自らの能率を向上させます。つまり、努力をほめると、人は、達成状況において、習熟指向の適応的な振る舞いや行動のパターンを見せるようになるのです。
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