余因子行列を使うと、有名な逆行列の公式を求めることができます。実際に逆行列の公式を使って逆行列を求めることはほとんどありませんが、逆行列の公式について考えることで、行列式や余因子行列についてより深く理解できるようになります。そして、これらについての理解は、線形代数の学習が進めば進むほど役立ちます。
それでは早速解説を始めましょう。なお、先に『余因子による行列式の展開とは?~アニメーションですぐわかる解説~』を読んでおくと良いでしょう。
1. 余因子行列とは
余因子を使って逆行列の公式を求めるには「余因子行列」というものを理解しておく必要があります。
そこで、まずはこの余因子行列について解説します。これは、言葉で表すと「余因子 \(\Delta_{ij}\) を要素とする行列の転置行列」のことです。単に余因子を要素とするだけではなく、それを転置したものである点にご注意ください。
行列 \(A\) の転置行列 \(A^T\) と余因子行列 \(\tilde{A}\) は以下の通りです。
\[\begin{eqnarray}
A=
\left[ \begin{array}{cc}
a & b \\
c & d \\
\end{array} \right]
,\hspace{5mm}
A^T=\left[ \begin{array}{ccc}
a & c \\
b & d \\
\end{array} \right]
,\hspace{5mm}
\tilde{A}=\left[ \begin{array}{ccc}
d & -b \\
-c & a \\
\end{array} \right]
\end{eqnarray}\]
それぞれの行列による線形変換をアニメーションで見てみると違いがよくわかります。
このように二次元空間では拡張倍数(参照「行列式とは」)はいずれも同じです(厳密には \(n\)次正方行列 \(A\) に対して、\(|A|=|\tilde{A}|^{n-1}\) です)。
なお余因子行列は、三次行列式では次のようになります(繰り返しになりますが、余因子を要素とした行列を転置したものである点にご注意ください)。
\[\begin{eqnarray}
A&=&
\left[ \begin{array}{ccc}
a & b &c \\
d & e & f \\
g & h & i
\end{array} \right]\\
\tilde{A}&=&
\left[ \begin{array}{ccc}
\Delta_{11} & \Delta_{21} & \Delta_{31} \\
\Delta_{12} & \Delta_{22} & \Delta_{32} \\
\Delta_{13} & \Delta_{23} & \Delta_{33}
\end{array} \right]
=
\left[ \begin{array}{ccc}
ei-fh
& -(bi-ch)
& bf-ce \\
-(di-fg)
& ai-cg
& -(af-cd) \\
dh-eg
& -(ah-bg)
& ae-bd
\end{array} \right]
\end{eqnarray}\]
さて余因子行列には一つ非常に重要な性質があります。
「ある行列とその余因子行列 の積は、行列式と単位行列の積と等しい」という性質です。これを式で書くと以下の通りです。
\[
A\tilde{A}=\tilde{A}A=|A|E
\]
この性質については次のアニメーションを見るとすぐにわかります。
行列のサイズに関わらず、余因子行列のこの性質は常に機能します。
以上が余因子行列です。
2. 逆行列の公式
さて、それでは逆行列の公式について見ていきましょう。これは、行列 \(A\) が正則行列であれば(\(|A|≠0\)であれば)、「逆行列 \(A^{-1}\) は、行列式の逆数 \(\frac{1}{|A|}\) と余因子行列 \(\tilde{A}\) の積と等しい 」というものです。
これを式で表したのが以下のものです。
逆行列の公式
\[
A^{-1}=\dfrac{1}{|A|}\tilde{A}
\]
この公式はどのようなサイズの行列に対しても成り立ちます。
\(2×2\) の逆行列の公式
たとえば以下の \(2×2\) の行列 \(A\) があるとします。
\[A=
\left[ \begin{array}{cc}
a & b \\
c & d
\end{array} \right]
\]
このとき、逆行列は次のように求めることができます。
\[\begin{eqnarray}
A^{-1}&=&\dfrac{1}{|A|}\tilde{A}\\
&=&
\dfrac{1}{ad-bc}
\left[ \begin{array}{ccc}
\Delta_{11} & \Delta_{21} \\
\Delta_{12} & \Delta_{22} \\
\end{array} \right]\\
&=&
\dfrac{1}{ad-bc}
\left[ \begin{array}{ccc}
d & -b \\
-c & a \\
\end{array} \right]
\end{eqnarray}\]
\(3×3\) の逆行列の公式
\(3×3\) の場合も同じです。以下の行列があるとします。
\[A=
\left[ \begin{array}{ccc}
a & b & c\\
d & e & f\\
g & h & i
\end{array} \right]
\]
この逆行列は次のように求めることができます。
\[\begin{eqnarray}
A^{-1}&=&\dfrac{1}{|A|}\tilde{A}\\
&=&
\dfrac{1}{a\Delta_{11}+b\Delta_{12}+c\Delta_{13}}
\left[ \begin{array}{ccc}
\Delta_{11} & \Delta_{21} & \Delta_{31}\\
\Delta_{12} & \Delta_{22} & \Delta_{32}\\
\Delta_{13} & \Delta_{23} & \Delta_{33}
\end{array} \right]\\
&=&
\dfrac{1}{
a(ei-fh) – b(di-fg) + c(dh-eg)}
\left[ \begin{array}{ccc}
\left| \begin{array}{ccc} e & f\\ h & i \end{array} \right| &
-\left| \begin{array}{ccc} b & c\\ h & i \end{array} \right| &
\left| \begin{array}{ccc} b & c\\ e & f \end{array} \right|\\
-\left| \begin{array}{ccc} d & f\\ g & i \end{array} \right| &
\left| \begin{array}{ccc} a & c\\ g & i \end{array} \right| &
-\left| \begin{array}{ccc} a & c\\ d & f \end{array} \right|\\
\left| \begin{array}{ccc} b & c\\ e & f \end{array} \right| &
-\left| \begin{array}{ccc} a & b\\ g & h \end{array} \right| &
\left| \begin{array}{ccc} a & b\\ d & e \end{array} \right|
\end{array} \right]\\
&=&
\dfrac{1}{
a(ei-fh) – b(di-fg) + c(dh-eg)}
\left[ \begin{array}{ccc}
(ei-fh)&
-(bi-ch)&
(bf-ce)\\
-(ei-fg)&
(ai-cg)&
-(af-cd)\\
(bf-ce)&
-(ah-bg)&
(ae-bd)
\end{array} \right]
\end{eqnarray}\]
これが逆行列の公式です。
ただし冒頭でもお伝えした通り、ほとんどの場合は逆行列の公式を使うよりも掃き出し法を使った方が早いですし、ミスの可能性も少ないため、実際にはこの公式を計算で使うことはほとんどないでしょう。しかし、逆行列の公式について考えることで、行列式や余因子行列についてより深く理解できるようになるのです。この公式の意義はそこにあると言っても良いでしょう。
3. 逆行列の公式の証明
さて、以上のように、どのようなサイズの行列でも、「逆行列 \(A\) は、行列式の逆数 \(\frac{1}{|A|}\) と余因子行列 \(\tilde{A}\) の積と等しい 」という逆行列の公式が成り立ちます。
それでは、なぜこの公式が成り立つのでしょうか。
これの前提には、先ほど解説した「正方行列とその余因子行列の積は、行列式と単位行列の積と等しい」という余因子行列の性質があります。これを式で表したものが以下です。
\[
A\tilde{A}=\tilde{A}A=|A|E \tag{1}
\]
次に、逆行列が存在する場合 \(|A|≠0\) なので、上の \((1)\) 式の両辺は \(|A|\) で割ることができます。そうすると以下の \((2)\) 式になります。
\[
A \left(\dfrac{1}{|A|}\tilde{A}\right)=\left(\dfrac{1}{|A|}\tilde{A}\right)A=E \tag{2}
\]
逆行列の定義は以下の \(3\) 式の通りです。
\[
AA^{-1}=A^{-1}A=E \tag{3}
\]
この \((3)\) 式と \((2)\) 式を並べると、逆行列の公式が真であることがわかります。
\[
A^{-1}=
\dfrac{1}{|A|}\tilde{A}
\]
以上が逆行列の公式が成り立つ理由です。
4. まとめ
以上が逆行列の公式です。余因子行列についてや、逆行列の公式の証明についても理解を深めておくと、後になって役立ちますので、しっかりと頭に入れておきましょう。
コメント
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Δ13=(dh-eg) では?