世の中には、他者や、組織、社会に貢献し、建設的に前進する人がいます。彼らは、多くの場合、人や組織、社会に大きな価値を提供します。
一方で、他者や組織、社会に破壊的に後退する人もいます。彼らは、多くの場合、現実逃避的に行動します。例え、彼らの振る舞いや行動が、ネガティブな影響をもたらしたとしても、「悪いのは他人であって自分ではない」と抵抗しようとします。
心理学的な見地から言えることは、前者は「適応的」な “習熟指向” のパターンであり、後者は「不適応的」な “救いのない” パターンだということです。
わたしたちは、どちらを目指したいでしょうか。もちろん、前者でしょう。そのような人間になることを目指す上で、両者は何が違うのか、何が適応行動の源で、何が不適応行動の源なのか、という点を理解することが重要です。
このことをよりよく理解するために、この記事では、次の点について考えていきましょう。
- 適応行動 / 不適応行動とは何か
- 適応行動のパターンと不適応行動のパターンの具体例
- 適応行動と不適応行動を生む原因
これらのトピックに対する理解を深めることは、ある意味で、内省することでもあります。困難な状況に直面した時、自分はどちらのパターンを示す傾向にあるのか、を振り返りながら読んでみてください。
1. 適応行動とは/不適応行動とは
適応行動とは、もともと心理学の用語です。日本語では、なかなかしっくり来る定義が見つからなかったので、英語の wikipedia の説明を引用します。
Adaptive behavior refers to behavior that enables a person (usually used in the context of children) to get along in his or her environment with greatest success and least conflict with others.
Adaptive behavior
簡潔に訳すと、「適応行動とは、現在の環境の中で、成功を最大にして、対人摩擦を最小にすることを可能にする振る舞いのこと」です。対照的に、「非適応行動とは、現在の環境の中で、成功を最小にし、対人摩擦を最大にするような振る舞い」のことです。
それでは「対人摩擦を最小にしながら、大きな成功を得られる振る舞い」、そして、「対人摩擦が最大であり、成功が最小化する振る舞い」とは、一体、どのようなものなのでしょうか。
スタンフォード大学の心理学教授で、この分野で一目置かれているキャロル・S・ドウェックは、適応行動は「習熟指向性 “mastery-oriented”」のパターンであり、不適応行動は「救いのない “helpless”」パターンである、とシンプルに説明しています。
- 適応行動:習熟指向性パターン
- 不適応的行動:救いのないパターン
それぞれ解説します。
1.1. 適応行動(習熟指向性)とは
「習熟指向性のパターン」は適応的です。習熟指向性の人は、自分の能力を伸ばすことができるチャレンジングな機会を積極的に探し求めます。挫折や障害などの困難に直面した時には、どうやったらそれを乗り越えることができるか、を考えます。そのため、価値あるゴールに向けて成長することができます。
人生は、予期せぬ困難の連続です。その中で、習熟指向性の人は、「もうダメだと思ってからが、本当のはじまりだ」と、そこから、さらに自らを追い込み、すぐに結果は出なくとも、地味な努力を粘り強く積み重ねていきます。
例えば、「伝説の経営者」ジャック・ウェルチは、最初から、そのような優れたリーダーだったわけではありません。彼は、決して完璧な人間ではありませんでしたが、あらゆる出来事から学び続けました。エゴを抑えて、現実を見据え、人間的な温かみを失わず、大勢の人びとと、大きな達成を実現していきました。詳しくは、『マインドセットとリーダーシップ』をご覧ください。
もちろん、物事が困難すぎる時は、一度、立ち止まることも学ばなければいけません。しかしながら、長い困難の時期でも、価値あるゴールにコミットし続けることができるため、長期的に、さまざまなことを達成することができます。
1.2. 不適応行動(救いのないパターン)とは
「救いのないパターン」とは、挫折や困難な壁に直面した時に逃げてしまったり、明らかに能率性・機能性が損なわれてしまったりするパターンのことです。人生には、チャレンジも障害も、挫折も失敗もつきものです。特に、長期的に追い求める価値のある大きな目標ほど、それを達成するには、多くのリスクや障壁、ジレンマを乗り越えなければなりません。
救いのないパターンの人は、そういう時、失敗をしでかしている自分自身を守ろうとします。自分の取り組み方が効果的ではなかったことを認め、目標を達成するには取り組み方を変えて、時間をかけて地味に努力をしていこうとせずに、「自分に非はない」「悪いのは他人であり環境であり社会だ」と認識します。
例えば、先ほどの『マインドセットとリーダーシップ』で触れている、粉飾まみれで倒産した巨大企業エンロンの当時のCEO、ジェフリー・スキリングは、粉飾に粉飾を重ね、状況がどれだけ不利になっても自分は絶対に損しないと信じていたようです。彼の頭の中では、何が起きても、自分だけは決して間違っていないのです。
このように、挫折や壁から逃げたり、困難においてパニックになり、自尊心を守ることのみ追い求めるような、「救いのないパターン」は、あらゆる達成の可能性を無にしてしまいます。そのため不適応的なのです。
1.3. 適応行動と不適応行動についての補足
これらの適応行動や不適応行動の領域は、主に、子供たちの多動性障害や発達障害の観点で語られているものです。しかし、後に触れるように、これらは子供たちだけに当てはまるものではないですし、実験的環境のみで見られるものではありません。そうした精神疾患と診断されていない大人にも当てはまりますし、実社会でも大いに当てはまります。
現在の精神医学において、精神疾患と診断されるほどの水準ではないだけであって、適応行動や不適応行動は、全ての人間に見られるものです。こうした分野が常に子供たちの文脈で語られるのは、大人にもそれらが同じように見られるということを、ほとんどの大人は認めたがらないからです。
個人的な話を少しだけさせて頂くと、30代までの私は、達成状況(タスク的にチャレンジングな状況や困難な状況)では適応的でしたが、社会的状況(人間関係にまつわるもの)やモラル的状況(モラル的に難しい判断が絡むもの)については不適応的でした。
人間関係においては自分が傲慢であるという事実から来るしっぺ返しから逃げていました。モラル的側面においても、「世の中金だ」「自分さえ良ければ、それは正義だ」と考える傾向にありました。このような社会的状況、モラル的状況に対する不適応行動が原因で、苦境を味わってから、自分を振り返るようになりました。
もちろん、現在も人格者からは程遠いですが、少なくとも、自分の振る舞いを振り返り、反省し、改善しようと努力することができるようになりました。
最初は、自分の不適応な部分を認めるのは、勇気を必要とするものです。さらに、意識の変化、行動の変化は、最初は、なかなか結果に結びつきませんが、時間が経つごとに、非常に価値あるものになっていきます。本稿が、わたしたち皆にとって、そのようなきっかけの一助となればと思います。
2. 両者の認知・情動・振る舞いの具体的な違い
それでは、ここから、「救いのないパターン(不適応行動)」と「習熟指向性のパターン(適応行動)」の、認知のしかた、情動の感じ方、そこから来る振る舞い方の具体的な違いを見ていきましょう。
2.1. ディーナーとドウェックの実験の概要
ディーナーとドウェックは、その研究、『救いのない人々の分析:失敗に続く能率、戦略、認知の継続的変化』、『救いのない人々の分析Ⅱ:成功の過程』で、それぞれのパターンの特徴を詳細に記録しました(※1, 2)。
これらの実験では、まず、被験者(高学年の子供たち)たちの、「”attributional measures” (ものごとの原因を何に求めるか?)」を観察して、それによって「救いのない」パターンか「習熟指向性」のパターンかのどちらかに分けられました。
その後、両パターンの被験者たちは、与えられた課題に取り組みます。最初の8問は正しく解きますが、残りの4問は不正解になります。あらかじめ最後の4問は、意図的に、その年齢の子供たちには解けない難易度にされているのです。成功から失敗に移った途端に、被験者たちの認知、情動、振る舞いに、すぐさま変化が現れました。それらの変化のタイミングや本質を掴むために、いくつかの手順が使われています。
まず、6問目を正しく解いた後、問題に取り組む中でどのように考え感じているかを言語化するように聞かれました。そして、問題に関係あろうがなかろうが、好きな話題について、長々と語ってもらったのです。
次に、ここで用いられた課題は、被験者たちの仮説検証の戦略を継続的にモニターできるように組み立てられていました。つまり被験者が適用する戦略の変化を検知できるようになっていました。
全ての子供たちが、成功した問題においては、効果的な問題解決戦略を身に着けることができました(必要な子供たちには問題の解法のトレーニングが行われていました)。つまり、成功した問題においては、解法として身につけた戦略のレベルでは、「救いのないパターン」と「習熟指向性のパターン」の子供たちに、何の違いもありませんでした。
あえて違いを指摘するなら、「救いのない」子供たちの方が、ほんの少しよくできていました。加えて、問題に成功している時は、考えや感情の言語化から、両方のグループが、問題に対して同じぐらい興味を持ち、積極的に参加していたことが分かります。
2.2. 不適応行動の認知・情動・振る舞い
失敗が始まると同時に、すぐさま明確なパターンが現れました。
2.2.1. 不適応行動におけるネガティブな認知
第一に、「救いのない」子供たちは、すぐさまネガティブな自己認知を報告し始めました。具体的には、彼らは、失敗の原因を、「自分がまともじゃないから」、「自分の知性や記憶力、問題解決能力に欠陥があるから」、などと発言したのです。最初の8問は成功していたのですから、驚きです。
2.2.2. 不適応行動におけるネガティブな情動
第二に、「救いのない」子供たちは、ネガティブな情動を表現し始めました。具体的には、問題に対する嫌悪感や退屈感、成績に対する不安といったものです。ここでも、彼らは直前まで、問題に成功しており、その間は、問題や状況を非常に楽しんでいたのにも関わらず、です。
第三に、3分の2以上の「救いのない」子供たちが、問題と関係のない話を始めました。例えば、何人かは、問題のルールを変えようとしたり、他の分野での自分の才能を話し始めたり、自分が金持ちであることを自慢し始めたりしました。要するに、現在の成績から注意を逸らして、自尊心を守ろうとしたのです。自分の資源を成功のために集中させようとするのではなく、他の方法で自己イメージを守ろうとしたのです。「習熟指向性」の子供たちの誰一人として、このパターンは見られませんでした。
2.2.3. 不適応行動におけるネガティブな振る舞い
最後に、「救いのない」子供たちは、上記のネガティブな認知とネガティブな情動が合わさって、能率に特筆すべき低下が見られました。具体的には、失敗の後、3分の2以上の子供たちの問題の解法の戦略レベルが顕著に低下しました。そして、60%以上が幼稚園児並みの全くもって効果的でない戦略に堕落したのです。それは、問題に何百回、何千回と挑戦しても正解できる可能性が極端に低いレベルの戦略です。失敗の前には、効果的で熟達した戦略を適用する能力を見せていたにも関わらず、失敗の後には、それと同じことができなくなったのです。
簡潔にまとめると、「救いのない」子供たちは、困難そのものを失敗、能力不足の証明と考え、その思い込みに打ちひしがれ、壁を乗り越えることができないのです。彼らにとっては、さらなる努力は無益であって、自分の成績から目をそらさせようという策略が示す通り、自分の能力がまともではないことを、さらに証明するものでしかないのです。
2.3. 適応的行動の認知・情動・振る舞い
「習熟指向性」の子供たちが見せたパターンは対照的でした。
2.3.1. 適応行動におけるポジティブな認知
第一に、「習熟指向性」の子供たちは、困難な問題に直面した時、失敗を何かのせいにしたりしませんでした。実際、彼らは自分が失敗していると考えていませんでした。解けなかった問題を、自分の能力がまともでないことの反映と見るよりも、むしろ、努力によって習熟すべきチャレンジと見たのです。
2.3.2. 適応行動におけるポジティブな情動
第二に、彼らは、最後まで、問題解決思考であり続け、自己教育、自己観察に積極的に取り組んでいました。自己教育と自己観察は、困難なものごとを積極的にこなそうとする時に見られる認知的、モチベーション的特徴です。失敗に直面した時、習熟指向性の人は、戦略を再計画し、その結果を観察し、その観察を再度、戦略に反映しようとします。
第三に、「習熟指向性」の子供たちは、常に、「努力は必ず実るだろう」という楽観性を保とうとしていました。例えば、彼らは「これは一度やったから、次はできる」「もうできることを確信している」と発言しました。3分の2近くの子供たちは、壁に直面すると、すぐさま、このようなポジティブな自己宣言を行なっていたのです。
2.3.3. 適応行動におけるポジティブな振る舞い
第四に、「習熟指向性」の子供たちは、楽観的な姿勢を保つことで、タスクに対してポジティブな情動を維持していました。そして何名かは、困難な問題に直面すると、ポジティブな情動をさらに高めようとさえしたのです。
ディーナーとドウェックが記すには、一人の少年は、問題に失敗した後すぐに、椅子を正し、手をこすり、頬を叩き、「チャレンジが大好きだ!」と宣言しました。他の少年は、失敗に直面した時、実験者に謝意を示し、「ねえ、僕は、これが僕にとって有益になると思うんだ」と、落ち着いた声で伝えました。このように「習熟指向性」の子供たちは、壁を乗り越えることができると信じているだけでなく、失敗の経験を味わおうとさえするのです。
最後に、「習熟指向性」の子供たちの、ポジティブな認知とポジティブな情動は、明らかに、問題解決への積極的な姿勢につながっています。彼らの80%が、問題の解法の戦略レベルを、失敗前と同じレベルに保つか、それ以上に引き上げることができていました。実際、25%は、戦略のレベルを上げることができたのです。つまり、これらの子供たちは、4つの失敗の後で、自分自身で、より洗練された新しい仮説検証の戦略を生み出した、ということです。
2.3. 適応行動と不適応行動の認知、情動、振る舞いのまとめ
簡潔にまとめましょう。
双方ともに全く同じ問題を与えられ、全く同じ結果を得たのにも関わらず、その状況に対して、全く異なる反応と対応を見せました。
失敗に直面した時、「救いのない」子供たちは、「自分はまともな能力を持っていない」というようなネガティブな自己認知、「本来取り組むべきことへの嫌悪感や退屈感、不安」などのネガティブな情動、能率の低下を見せます。
例えば、仕事や学業などの達成状況において、困難なタスクを与えられたり、失敗に直面すると、「もうダメだ。自分はできない人間だ」と、その原因を自らの能力のせいにして、動かなくなる人がいます。または、「そもそもそんなタスクは嫌いだし退屈だ」と自尊心を守るために、現実逃避する人がいます。これは、不適応的な救いのないパターンの特徴です。そして、結果として、その人の能率性が下がります。
もちろん、極度に、非人間的で懲罰的な、劣悪な組織における場合は、その限りではありません。そうした場合にまで、自分を追い込む必要はありません。
一方で、「習熟指向性」の子供たちは、失敗に直面した時でも、建設的な自己学習、自己観察を欠かさず、「次はもっとよくできる」というようなポジティブな自己認知、「粘り強さ」などのポジティブな情動、そして、能率の向上を見せます。
そうした人は、達成状況において、困難なタスクや失敗に直面すると、「どうやったらそれをできるだろうか」、と考え行動することができます。「自分は乗り越えられる」というポジティブな情動が生まれます。これが適応的な習熟指向性のパターンの特徴です。彼らは結果として、高い能率性を見せ、何事かを達成します。
こうしたパターンは、最初、子供たちの研究から見出されましたが、ブランソンとマシューの研究、『タイプAの中心的振る舞いのパターンとコントロール不可能なストレスに対する反応:失敗におけるパフォーマンス戦略と情動、帰属意識の分析』によって、これが大人にもよく当てはまることが実証されています(※3)。
さらに、これらのパターンは、最初は実験的な環境で調査されたものですが、実社会の環境でも同様に見られることも、リッヒとドウェックの研究、『大学での達成の決定要因:スキル領域での子供達の達成の作用』で実証されています(※4)。
3. 適応行動と不適応行動の原因
ここまで見てきたように、全く同じような状況に直面した時、正反対の行動が現れます。
「救いのない」人は、彼らの能力の “まともさ” を示すことに焦点を当てる一方で、「習熟指向性」の人は、戦略と努力によってものごとに習熟することに焦点を当てます。「救いのない」人は、困難を自尊心の脅威と捉える一方で、「習熟指向性」の人は、何か新しいことを学ぶ機会と捉えます。
この違いは、どこから来るのでしょうか?
彼らは、能力という点では違いはありませんでした。むしろ、「救いのない」子供たちの方が、わずかに覚えが良かったぐらいです。実際、能力が突出している人々の方が、不適応的なパターンを示す場合が多いのです。つまり、これらの違いは、単純に、能力の違いや、そこからくる失敗経験の量に起因するものではないということです。
それでは、原因は何なのでしょうか。その答えは、彼らが追求する「ゴール」にあります。それについては、『ラーニングゴールとパフォーマンスゴール』で詳細に解説していますので、引き続き、ご覧ください。
参考文献・脚注
- Diener, C. I., & Dweck, C. S. (1978). An analysis of learned helplessness: Continuous changes in performance, strategy and achievement cognitions following failure. Journal of Personality and Social Psychology, 36, 451-462.
- Diener, C. I., & Dweek, C. S. (1980). An analysis of learned helplessness: II. The processing of success. Journal of Personality and Social Psychology, 39, 940-952.
- Brunson, B., & Matthews, K. (1981). The Type-A coronary-prone behavior pattern and reactions to uncontrollable stress: An analysis of performance strategies, affect, and attributions during failure. Journal of Personality and Social Psychology, 40, 906-918.[/su_note]
- Licht, B. G., & Dweck, C. S. (1984). Determinants of academic achievement: The interaction of children’s achievement orientations with skill area. Developmental Psychology, 20, 628-636.
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